被災地ボランティア活動 2013/8/9〜11

被災地へのボランティア活動に総勢26名で行ってきました。とにかく暑かったです。こどもたちの健康面が心配でしたが、事故もなく元気に帰宅させることが出来て本当に良かったです。ボランティアバスの運転手さんが足りず、急遽私も運転をしなくてはいけなくなり、その気苦労も加わってメチャメチャ疲れました。

それでも、想像以上の収穫を得たことは間違いありません。こどもたちは「なにものにもかえがたい経験」をしてきました。大げさでなく、人生を変える数日間になったはずです。この写真はすべての作業が終わった後に撮ったものです。みんないい顔をしています。やりとげたぁ、っていう顔ばかりです。そんなボランティア活動を2回に分けて報告します。

9日の金曜日22時に中央林間を出発。お盆の渋滞をさけるために東北道経由ではなく常磐道周りで仙台へ。それでも途中で何カ所かの渋滞に巻き込まれ、7時前に仙台に到着。まずは閖上地区を訪れます。こちらは2回目で報告します。8時過ぎに今回の作業をおこなう宮城野区蒲生地区の農場に到着。ここは最新のハウス農業をおこなっているところです。オランダやイスラエルからシステムを輸入しているとのこと。こうした最新農法に触れることが出来るだけでもこどもたちにはすごい体験になります。

今回うかがった 農業法人「みちさき」 のHomePageが ここ にあります。

この周辺は津波であらわれてしまい、田んぼは塩害で米を育てることが出来なくなってしまいました。そこで、被災した農家5人で農業法人を立ち上げ、養液栽培施設(植物工場・野菜工場)での農作物生産を目指しているのです。約4ヘクタールの土地に2.7ヘクタールの高度環境施設を建設し、ホウレンソウ、トマト、イチゴ、リーフレタスを通年で生産する予定とのこと。総事業費は15億円という大きなプロジェクトです。そんな一端にこどもたちはふれさせてもらえたわけです。

 



といっても、作業はそれほど複雑ではありません。イチゴの栽培をおこなうハウスに入り、栽培用の金属製の長いトレイに「もみ殻」を入れていく作業です。それでも、トレイの長さは全長で3kmです。暑さの中、単調で厳しい作業です。しかし、こどもたちは本当にてきぱきと良く動きました。私も感動しました。現地の方にも心からほめていただけました。塾長としてこの子たちを本当にほこらしく思ったしだいです。涙が出そうでした。そのぐらいみんな頑張りました。

ここで働いている方たちは、自らが津波で流されて九死に一生をえたり、家族を亡くしたりした方ばかりです。それでもこれだけの事業を立ち上げているのです。社長さんの話が印象的でした。「津波で流されたこの場所で新たな出発をしないことには意味がない」そんな姿はこどもたちにどんな印象を与えたでしょうか。テレビなどではゼッタイにわからない被災地の今の様子を肌で感じたはずです。

一日目の作業を終え、みんなを近くのスーパー銭湯に連れて行き汗を流させます。その後、ショッピングモールに立ち寄って夕食。今晩の宿泊場所へ。ボランティアです。ホテル泊、というわけにはいきません。ある意味で被災地の人たちのおかれた現状に近づくのも目的の一つです。観光客ではないのです。

お世話になったのは△△さんのお宅です。このお家も津波にあらわれ、その跡がふすまにくっきりと残っていました。1メートルの盛り土をした上に立っている家なのに、ふすまの半分ほどのところまで津波が来ていました。今晩も地震、津波が来ないともかぎりません。私を含めて運転手は何かあればすぐに子供たちを車に乗せて高台に避難する段取りをつけました。

ミーティングでは子供たちが一日の作業を終えての思いを語りました。みんなしっかりと自分を表現できています。やはり、アウトプットはインプットがあってこそです。非現実的な手ごたえのない日常の中で、こうしてしっかりと自分の五感で感じた現実こそが、リアリティをもって子供たちの心にしみこんでいくのだと思います。


二日目の朝は6時に起床。片づけをして途中でコンビニによって朝ごはん。農場には8時過ぎに到着してすぐに作業開始です。今日も昨日と同じ作業が続きます。もみ殻をトレイにのせ、シートをひいて・・。男の子たちにはパイプの取り付け作業も割り当てられました。いろいろと工夫し、協力し、効率よく仕事を進めていきます。大人が指示など全くしていません。子供たちの可能性を感じる時間でした。

暑かったです。とにかく水分を補給させ、休憩をこまめに取らせ、身体を冷やさせ、と熱中症にならないように気を配りました。午前中で作業を終了。どれだけのお手伝いになったかはわかりませんが、農場の方たちからは温かい感謝の言葉をいただけました。いろいろと気を使っていただき、貴重な経験をさせていただき本当にありがとうございました。

本当はこのあとライトアップ日本のイベントに参加するために気仙沼に向かう予定だったのですが、子供たちの健康面と私自身の体力がもちそうになく、安全に子供たちを帰宅させることを最優先として中央林間に戻ることとしました。私も楽しみにしていたイベントですが・・・ とにかく「安全」を最優先にしました。

スーパー銭湯で汗を流し、塩釜経由で大川小学校に向かいます。この場所だけはぜひとも子供たちを連れていきたいと考えました。




今回の最後の訪問地は、大川小学校です。大川小学校で起こった悲劇はネット上にもたくさん記事がありますが、 ここ がもっともわかりやすいと思います。たくさんの子どもたちが亡くなってしまった場所です。手を合わせ亡くなった方たちの冥福を祈ります。生徒たちは何を感じているのでしょうか。自分と同じ世代の子どもたちが津波によって命を奪われた場所です。

その場所を訪れることではじめて動く感情があります。子どもたちにはその感情を大切にしてもらいたいです。それこそがリアリティのある本当の「自分の気持ち」だからです。閑上中学にも大川小学校にも、そこにはまだまだ遺族の方々の整理のつかない気持が埋もれています。外からやってきた私たちがその場所を踏み荒らしてはいけません。ただ、未来のある子どもたちには、そこを訪れ、そこで何かを感じてほしいです。その気持ちを未来につなげていってほしいです。

3回にわたった今回のボランティアについての報告はこれで終わります。2013年の夏。暑かった思い出とともに、子どもたちの心には大きな足跡を残したはずの支援活動になりました。いろいろとお気づかいいただいた方々に心から感謝をいたします。そして、miyajukuの生徒たちを私は心から誇りに感じた数日でした。

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