論理的な文章の読み取り
小・中学生の国語の教科書を見ていて思うことがある。単元に物語文が多く、説明的文章が少ない、ということだ。
国語という教科はとても多くのことを求められている。日本語による表現の習得だけでなく、豊かな情操を育むこと、も求められるということだ。もちろん、その両方が大切なことはわかる。小学生では情操の育成に重点がおかれがちになることもわかる。
が、それでもあえていいたい。
もっと、日本語の論理的な「読み・書き」ができる教育を進めるべきだと。この部分が今の子供達には一番欠けている。論理的な文章を「読み・書き」する能力が欠けているので、それが英語や数学や他の教科の理解を阻んでいる面は多くあるはずだ。
同時に、こうした能力に欠けたまま子供達を社会に出すことは、教育というものの役割を放棄していると言えないだろうか。
高3の現代国語の授業はほぼ100%論説文にしぼって学習する。大学入試に物語文が出題されることはほとんどない。そして、彼ら、彼女らは、そうした文章の前でのたうち回っている。とにかく論理的な文章にきちんと立ち向かった時間が少なすぎる。このままでは、大学に進学後も困った状況になる。
あと百数十日。出来るだけ彼らの知的レベルをあげることもmiyajukuの役割だ。