師走の1日に

さて、冬期講習前半の最終日です。しかも今日は夕方で終わります。久しぶりに家で食事ができます。何よりもうれしいことです。今年の最終日にわたしの思っていることを書き留めておきます。

たくさんのこどもたちを毎年のように見ています。とくにこの12月から2月までは「受験」に立ち向かっていく生徒たちの後押しを毎年のようにおこなっています。そんな生徒たちをみていてつくづく思うことがあります。

彼ら、彼女らは、自分が選択していないようでいて、実は大きな選択を日々しているのだ、ということです。

私立中に進学しなければ公立の中学までは誰もが道は同じです。(まぁ、中学受験で私立に進学しないことですでに道は分かれている、という意見もあるでしょうが・・・) でも、よく見てみると、中3段階でこどもたちははっきりと色分けされてしまっています。積み上げてきた15年間のもろもろは、色濃くひとりひとりに出てしまっているのです。

受験への取り組み姿勢は様々です。この様々な取り組み姿勢が、こどもたちの将来の選択そのものなのです。同時に、色濃く現れたひとりひとりの十数年間の積み上げがその選択を決定しています。彼ら、彼女らがそのことに気づくのはずっと後になってからでしょう。ある瞬間に、自分は様々な選択を知らず知らずにしてきていたんだ、と気づくのです。

であれば、私の役目は、このこどもたちにそのことを伝え続けることだと思っています。いくら言っても今はわからないでしょう。でも、ちょっとでも、ここで自分がどのような毎日を過ごすかが、このあとの自分の人生の道を決定しているんで、ということに思いを及ばせて欲しいのです。

たった1問の数学の問題ですが、その問題に真剣に対するかどうか、そのことで君の人生が決まっていくんだ。人生なんて、この数学の問題に対する時間の積み重ねなんだ。私はそのことが良くわかっています。彼ら、彼女らはそのことが良くわかっていません。だから、私はそのことを伝え続ける必要があるのです。

そんなことを考えている12月30日です。写真は今年の3月に登った八ヶ岳にある北横岳からの眺めです。山は良いです。写真に対しているだけでも、自分の中のモノを露わにしてくれます。

今年もこのblogにおつき合いいただきありがとうごさいました。来年もよろしくおねがいいたします。

北八ヶ岳