中間試験ってやる必要があるのだろうか

早い中学校はすでに中間試験がはじまっていて、他の中学も来週、再来週と続いていく。1学期の中間試験の日程は、中3生の修学旅行の日程で決まっていくようで、各中学校でかなりばらばらだ。

そんな中間試験だが、正直、やる意味があるのだろうかと疑問を感じる。なぜって、試験範囲があまりに狭いからだ。たとえば、M中の2年生の数学の試験範囲。最初の単元の「式の計算」の計算の部分だけ。社会など教科書のページ数で15ページ分だけ。それだけ新学期になってから学習が進んでいない。

馳文科大臣が「ゆとり教育とは決別する」といったとのこと → http://digital.asahi.com/articles/ASJ5B3C95J5BUTIL007.html

新しい新指導要領には「アクティブラーニング」を全面的にとりいれる、と明記するそうだ。ただ、「アクティブラーニング」は「ゆとり教育」への回帰だとする意見があり、それを封じるためとの発言らしい。

ただ、学校の現場に「アクティブラーニング」をとりいれる余裕などこれっぽっちもないと思う。そんな余裕があれば、今回の定期試験の範囲だってもっと広いものになっているはずだ。何もかも学校に押しつけるのではなく、まずは、学校がしっかりとこどもたちに「勉強」を教えることのできる環境を整えるべきではないのだろうか。足下を固めることの方が、「アクティブラーニング」よりも先だと思うのだが。

と同時に、ますます「定期試験」にこだわった学習からの脱却が必要だ。こんな試験範囲の定期試験のために、塾の大事な学習時間を使うことの無意味さを御父母の方にも是非ともご理解いただきたい。「定期試験」対策は、高校入試の合格には全くつながらない、ということだ。「定期試験で良い点を取ること」は「高校入試で志望する高校に合格すること」につながらない。この両者はまったく別ものだということだ。

例えば今回の英語の試験範囲はレッスンでひとつ分。その定期試験対策は、隅から隅までなめるように本文を暗記し、単語を覚え、繰り返しわかりきったドリルの演習を繰り返すこと。そんな学習をしていて、あの難易度が増し、大量の英文が出題される神奈川県の高校入試問題を解くチカラにつながることはゼッタイにない。

といっても、miyajukuでも、今月はそうした定期試験に向けての学習になる。

ただし、効率よくやっていく。今回の試験範囲はほぼ春期講習で終えている部分だ。もうひとつ。こどもたちの意識改革が必要だ。学校の定期試験は満点がとれてあたりまえ。いかにミスを少なくして丁寧に取り組むかがすべてだ、という気持ちをしっかりと持つことだ。その気持ちを持ったものがしっかりとした得点をとれる。出来ない生徒ほど、あっこれわかってる、となめてかかってミスをする。そもそも「わからない問題」など定期試験にはない、ということだ。「できて当然の問題」をいかにミスなく解答するか、という意識をしっかりと持たせたい。