新鮮な驚きを子の成長に感じるために

孫が産まれて3ヶ月。体重は産まれたときのほぼ倍近くになり、首もすわってきて、目もものを追い始めるようになってきました。そのひとつひとつの変化が、新鮮な驚きがともにあります。不思議なものです。わが子の子育て時も同じような体験をしているはずなのですから。忘れていた「子育てのおもしろさ」を孫の成長が教えてくれているかのようです。

もちろん、自ら動くことのできない赤ちゃんのことです。せいぜい、泣くことでしか自己主張ができません。小中学生、ましてや高校生の子どもたちは強く自己主張をしてきます。親を含めてまわりの大人の言うことなどに反発することが仕事のようなものです。思い通りにならないことから、親も指導者も「もういやだ」となりがちです。あの頃はかわいかった。わたしの腕の中でにこにことわらい、おっぱいを飲み、と・・・

でも、そうした自己主張も子どもの成長の証です。親や指導者に反発することを、赤ちゃんが目が見えはじめてものを追い始めたときの新鮮な感動と同じようにとらえられないでしょうか。そう感じるためには、親の方も成長するしかないのだと思います。赤ちゃんなら許せて、小中学生に対しては許せない。それは「子を自分のもの」というとらえ方をしてしまっているからではないでしょうか。

赤ちゃんは全面的に親に頼っています。赤ちゃんはほぼ親のものです。そうでなければ生きていけません。そして、子は成長とともに少しずつ自立していきます。自分でできることが増えていき、親の知らない部分がたくさん出てきます。子は親から離れていくのに、親はなかなか子から離れられない。そこにこそ、子の成長を新鮮な喜びとして感じられなくなってしまう原因があるのではないでしょうか。

中学入試、高校入試、大学入試。親の関わり方は様々でも、受験は最終的に子がひとりで闘わざる得ないものです。そこにどう親が関わっていくか。なかなか難しいです。でも、どんな形であれ、子どもたちの受験への挑戦を、赤ちゃんがひとつひとつのことができるようになっていくことを見まもって喜んでいたときと同じように、新鮮な驚きとしてとらえてみるようにしてはどうでしょう。そうできるように親も一歩成長するように努力してみてはいかがでしょうか。