「勉強しなさい」といったことは一度もない

家の子供たちはよく勉強をする。私の子育てとしてこれだけはいばらせてもらっても良いと思う。

miyajukuの手伝いをしている娘は、生徒から「塾長がお父さんだったら小さい頃からよく“勉強しろ”って言われたでしょ」と言われる。娘は「一度も“勉強しろ”って言われたことないよ」と答える。生徒たちは「えっびっくり」という顔になる。確かに「勉強しなさい」といったことは一度もない。言わなくてもやっていた。

でも、どうしてそうなったのだろうか? あらためて考えてみた。

昨晩も2時過ぎまで、娘がダイニングのテーブルでレポート書きをしていた。小学生のころから大学受験まで、そして今でも、家では「でっかいダイニングテーブル」で皆がそれぞれの仕事を持ち寄ってやる習慣になっている。娘が書いているのは「減数分裂の蛍光顕微鏡観察と放射線影響」というレポートのようだ。おもしろそうなので話を聞いてみる。

先週の実験のレポートだという。放射線を照射したコオロギとそうでないコオロギの精巣を取り出し、その染色体を観察するのだという。動物の減数分裂は、雄では精巣の中で見られることは私も知っている。フタホシコオロギの精巣でそうした観察をするのだそうだが、なかなか思い通りの染色体を見つけることはできないと、写真と格闘していた。

コオロギの精巣ってどのぐらいの大きさなの?
一ミリちょっとかな。
それを標本にして観察するってたいへんだな。

そんな話をしていると息子が帰宅する。話に加わってくる・・・

小学生の頃からこんな感じだ。おっきなダイニングテーブルを囲んで、それぞれが自分の勉強に取り組んで、何かというと私に質問したり、こっちから話しかけたり、そんな感じがあたりまえになっていた。最近は子供たちがやっていることがよくわからないが、二人とも生命科学を学んでいるのでそっちの方で話がはずむことが多い。

大切なのは「勉強しなさい」と言わなくても良い、つまり、勉強することがフツーの環境を作ってしまうことだと思う。子供に「勉強しなさい」と言っておいて、親がテレビでバラエティ番組を見てるなんてのはダメだろう。勉強ってそんなもんだと思う。

それと、本当の勉強は高校からだし、もっというと大学生になってから。家の子供たちを見ていると、今が本当の「勉強」の時期だとつくづく感じられる。自分もそうだった。miyajukuの生徒たちにはそこに行き着くための「今の勉強」をこそして欲しい。