ホタルノヒカリに見る若者気質

高3現代国語の題材は「芹沢俊介/イノセンス」だった。要旨は以下のようなもの。

イノセンスは、直面する現実に責任がないという態度として現れる。若い人が言う「やさしさ」は一見イノセンスのようだが、内部に他者への愛をかかえながら、外部へは残酷さとして現れるものである。またその主張は、他者を巻き込むことを回避することをもとにした。新しい価値観のやさしさといえよう。このとき、やさしさは残酷さと一致しうるが、それは親密さが他者と距離を保つことで保障される新しい時代に対応している。

かなり硬質な文章だが、言いたいところは「エロスすなわち親密さが、他者との距離を詰めるところにあらわれる濃厚さではなく、距離を保つことで成立する希薄さによって保障されるといった」現代の若者事情だ。

例えば、直接に顔を合わせて話すよりも携帯電話やメールでのやり取りの方がずっと親密感を覚える感覚。みんなで集まっているのに、各自はゲーム機や携帯電話に向かっている光景。こうした若者の生理が、「距離のエロス」の崩壊によるということを言っている。

「ホタルノヒカリ」というテレビ番組がある。綾瀬はるかが主演の漫画がもとになったドラマだ。かなりの視聴率もあり、女子高生、女子大生には人気の番組らしい。家でも娘が見ているので、私もちらっと見たことがある。不思議なドラマだが、結婚するはずの男女が同居していながら、「ビミョーな距離」を保ってストーリーが展開して行く。

芹沢さんには悪いが、「ホタルノヒカリ」を「距離のエロス」の崩壊のひとつの例として授業の中で使わせてもらった。

外から丸見えのガラス張りのコーヒーショップ。どうしてそんな場所でくつろぐことが出来るのだろうか。そこから見えてくるのは、現代の「自他の関係が切断された」人の群れだ。相手を思いやる心は、自己完結してしまい、大切なのは「相手を思いやった」という自分の中の心の動きを自分が確認すること。結果として、その思いが他者に向けられることはない。そんな人間関係を「ホタルノヒカリ」に見ることが出来るはずだ。

自分の見方、自分の考え方、というのは自然発生的には生まれてこない。「何を考えたって自由だろ」と言うやつほど、結局は何も考えていない、考えられないことがよくある。人は状況の中でしか生きられないのだから、自分の考えを持つには、訓練や、学習の中で、自分の考え方を持つ必要がある。

「ホタルノヒカリ」に見られる「現代の若者のやさしさの危うさ」なんてテーマで800字程度の小論を書いてみると良い訓練になると思うのだが。というか、このブログの記事を最後まで読んでくれる人がいるのだろうかひよこ