読書について
家の息子も親の影響からなのか、こうした「実戦! 就活○○」なんて本は一冊も買わずに就活を続けたようだ。私がアドバイスしたわけではない。息子が言うには「そうした本に書いてあることって、立ち読みレベルか、ネットで知ることの出来る情報しか書いてない」ということだ。その通りだと思う。
確かに、ノックを2回するのはトイレの確認用だ。3回は欧米ではプライベート・ノックといって、4回が本当だということだが、日本のビジネスの現場では3回が主流だ。なんてことは立ち読みレベルで身につければよいことだ。
・・・面接でさ、見事にマニュアルどおりに受け答えしている学生がいるんだ。待合い室でも「面接を成功させる△△法」なんて本をホントに真剣に読んでるわけ。ちょっとイタイよね。・・・
「ハゥ・トゥー本」なんかに頼らなければいけなくなる前に、しっかりとした自分を作り上げていくことこそが大切なのだと思う。そうした自分を作り上げていくための読書をこそ普段からやっていくべきだと思う。とくに、中学、高校、大学といった学生にはそうした読書を薦めたい。
とんでもない情報があふれている時代。学生の時は、そうした時代を追いかけるのではなく、じっくりと腰を据えて自分と向き合うことの出来る読書をして欲しい。そうした意味では古典とよばれるような本を読んでいくのもこの時期にこそ大切だと思う。
生き方や考え方は、「生き方の○○」などといった本を読んで「学ぶモノ」ではゼッタイにない。それらは「自らの中に作り上げていくモノ」なのだ。読書はそうしたモノを作り上げていくための作業の一つであって、本の内容そのものから自分が作られていくことはない。
私は高校生の時には森有正の「木々は光を浴びて」や「バビロンの流れのほとりにて」なんて本を何度も何度も読んだ。そこから辻邦生や福永武彦の小説を読みあさっていた。そんな読書体験が自分の根っこのところにある。森有正の本はほとんどが絶版になっているが、図書館に行けば全集があるだろうし、エッセイ集も出ている。本当に美しい日本語で書かれている。それなのに中身は何度読み返してもちがった問いかけをしてくる。
たくさんの本を読むのではなく、じっくりと筆者と向き合えるような、そんな読書をこそ生徒たちにはしてもらいたい。出来れば、お薦めの本を少しずつ紹介していきたい。中学生にはちょっと難しいかもしれませんが、森有正もお薦めです。