これからの日本!?

先日、高校時代からの友達と呑んだ。彼は建設機械を作る企業に勤めている。世界の中でも3本の指にはいる、日本を代表する大企業だ。10年ほどインドに勤務して最近日本に戻ってきたのだが、インドの前も世界のあちこちに勤務している。そんな友達から聞く話は、小さな地域で地元にはりついて仕事をしている私にはおもしろいものばかりだ。

彼の勤める会社の売り上げの中で日本国内向けがしめるのは1割にもならないのだという。残りはすべて海外。しかも、このところ急激にアジア向けが増えていて、世界全体の売り上げの4割を占めるようになっているという。彼が言うには、不景気はとっくに終わっていて、アジアだけを考えるとものすごい好景気なのだという。

こんな話だけでもとても刺激的だ。

日本の大企業の多くは似たようなものなのだろう。miyajukuの生徒たちも、いずれはそうした世界に入っていく。だからこそ、もっと、もっと、大きな「目」をもった大人になっていって欲しいと思う。同時に、私たちの側も意識改革が必要だと思わされる。

この子たちが大人になる頃、日本の会社にもたくさんの外国人の社員が働いているだろう。すでに、多くの企業で中国や韓国の人たちが働いている。それどころか、彼ら、彼女らが、経済規模の増した中国や韓国の企業しか就職できないことだって考えられる。生徒たちにも話しているのだが、教室の中に黒い髪で黒い目で日本語だけを話す生徒だけしかいない、そんな学校は世界の中では珍しいんだよ、と。とにかく小さな世界にとどまることなく、広い世界を見るようになっていって欲しい。

トヨタが批判をあびている理由のひとつに、あれだけの世界的な企業なのに役員がすべて日本人の男性、という異様さがあるのだという。女性がいないこと、多民族でないこと、そうした姿は世界の中では非常識なのだろう。今後、どんどん変わっていくことになるはずだ。

いろんな意味で相手を受け入れるこちら側の「許容範囲」の広さが必要なのだと思う。まずは受け入れて、その後に徹底した議論をすればよい。受け入れる前に門前払いをする姿勢だけは持ちたくないし、持たせたくない。

ちょっと遠回しすぎた言い方になってしまったが、わかっていただけただろうか。とにかく、世界が必要とする「モノ」を作り続けて生きていくしかないこの国に住んでいる限り、ある程度の「変革」は受け入れざる得ないということ。同時に、これからの子供たちにはそうした「柔軟性」こそ身につけてもらいたいということだ。