10年先の自分を考える

もしもあなたが会社の人事担当者だったとします。採用面接をしていて、どうもこの学生は、目の前にあることに一所懸命になれそうもないな、と思ったとします。そんな学生を採用するはずはありませんよね。

今年の高3生はそんなタイプの生徒がそろってしまっています。本人たちは一所懸命にやっているつもりでいます。でも「あまい」のです。そのことを繰り返し言い続けているのですが、一向に変わってくれる気配がみられません。

お前たちが今やっているやり方であと8ヶ月(入試まではあと8ヶ月しかないんです!)勉強を続けても、ここで勉強をストップして8ヶ月後をむかえても、行ける大学は変わらないよ。つまり、やってもやらなくても同じこと。だからそんなやり方で勉強を続けるのならば止めちゃった方が良い。

ここまでいわれても気持ちの変化はなさそうです。いや、ちょっとは改善されてきているのかもしれませんが、何しろあと8ヶ月しかないのです。そもそも「あと8ヶ月しかない」という危機感も持ち合わせていません。

何とかしたいと思い、いろいろと考え続けています。この生徒たちはほとんどが中学生からmiyajukuに通ってくれています。こうなってしまった責任はわたしも負わねばなりません。

彼ら、彼女らの中には、どこかにはいけるから、最終的にはそこでいいや、といった気持ちがあります。まず、その気持ちを払拭しなければなりません。気持ちの良い自分の居場所から抜け出そうともしません。ゼッタイに自分を追い込まないのです。出来なくて悔しい、という気持ちが持てません。悔しいという思いは、今の自分を否定することになるからです。

どこに行っても同じ。大学はそれぞれに個性があって、偏差値ではない。そんな「へんな幻想」をいだかせる空気があることも確かです。きれいなパンフ。いかにも夢が実現できそうです。しかも、何の努力もなしに!

確かにこれは時代の雰囲気です。今の若者たちの多くはこうした空気感を持っています。とにかく「平和」なのです。今いる自分に「安住」しているのです。きっと、彼ら、彼女らの高校の友達の空気でもあるのでしょう。そうした空気にどっぷりとつかりきっているようです。

いやぁ、難しい。

10年先の自分を考えること。それを考えられないモノに未来はありません。10年先の自分を追い求めるからこそ、今、努力が出来るのですから。