今の子供たちに欠けているモノ

今の子供たちに欠けているのは「具体的なものの想像力」だと思う。

例えば、昨日の中1の授業のこと。今回の社会の試験範囲には、神奈川県と大和市が入っている。地域のことを知ろう、という学習内容だ。こちらで作成したプリントをやらせたのだが、「大和市の人口は? 」という質問に対して、つぎのように解答をする生徒が何人もいる。1.300人、1万2千人、2.000人・・・ もちろん試験の1日前にこんな基本事項をしっかりと覚えていないことはありえないが、それ以上に、こうした解答から今の子供たちに最も欠けているモノが透けて見える。

具体的に想像する力がないのだ。

いいか、お前のクラスには何人の生徒がいる?
40人ぐらいです。
1学年は何クラスある?
8クラスです。
40人×8クラスとして320人だな。それが3学年で何人になる?
1,000人近くです。
大和市には中学校はいくつあるか知ってるか?
8校か9校です。
ということは、中学生だけでも1万人近くはいるわけだな。
はい・・・
お前の1,300人という解答がいかにおかしなものか理解できたかパンチ

こうした具体的なことを想像することが出来ないのだ。同時に、身近なことを全く知らない。大和市内を走っている電車の駅名を書かせてみる。しっかりと解答できる生徒は一人もいない。もちろん、その線路がどこにつながっているのか、そんなことに思いをはせる生徒は皆無だ。それどころか、検定試験の時などに住所を書かせると、郵便番号を知らないのは当たり前、自分の家の住所もわかっていない生徒もたくさんいる。

あえて言わせていただければ、こうしたことは「家庭学習」の部分だと思う。お父さんや、お母さんが、もっと身近なことについて、小さいときから子供たちに話して聞かせてあげることだと思う。それがなされていないということだ。

ちょっと厳しい言い方になってしまったが、大和市内の電車の路線図を理解していない生徒は、数学や英語もできるようになるとは思えない。学習というものはそうしたものだ。

身近なものに興味を持てずして、数学などの抽象的な概念に思考が向くはずもない。英語を使って、自らの意志を相手に伝える努力が出来るはずがない。

昨日の小学生の算数の授業でも、1リットルという量を身近なものを利用して説明できる生徒は一人もいなかった。

大切なことは、本当にすぐそばにころがっている。その積み重ねだけが学力に結びついていく。