会津西街道の旅 2

今日は会津若松の町を散策するのが目的。会津塗と会津の酒蔵を中心にまわることとする。

まずは、宿のご主人に薦められた「会津塗協同組合」の工場を見学して販売所をのぞかせてもらう。会津塗が出来るまでの様子は ここ のページに詳しく書かれています。やっぱり「良いなぁ」と思われるモノはそれなりの値段がついています。私は自分用に箸を一膳買い求めました。

会津塗

つぎに訪ねたのは「会津武家屋敷」というところ。会津藩の家老だった西郷家の屋敷などを移築して集めてある場所です。戊辰戦争の時に足手まといにならないようにと、迫る官軍の包囲の中で西郷家では、女子供21人が自決したという。同じような悲劇が会津若松の町のあちこちでおこり、200人以上の女性、子供が自決して果てたという。戦争の悲劇、時代に翻弄された悲劇、ということになるが、切ない事実だ。

会津若松城は改築中で、その美しい姿を見ることはできなかった。とりあえず城の中の展示をざっと見て回り、町を散策する。ちょうどお昼時だったので「関さん」というお店で喜多方ラーメンをいただく。

喜多方ラーメン

会津若松の町には、明治、大正期に建てられただろう建築物も多い。また、多くの蔵が残っていて、そうした蔵を利用した商店も数多くみかける。とくに大町四つ角と呼ばれる江戸期には会津五街道の起点になったあたりにはそうした建築物が集まっている。多くは会津塗の小売店だが、都会風の洒落たカフェなんかもある。

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会津の町にはたくさんの酒蔵がある。今回もそんな酒蔵をいくつかまわった。

男山
栄川
末廣

酒蔵

中でも「開当 男山」はお気に入りになりました。

最後に「日新館」に行きました。会津の藩校です。もとはお城のそばにあったそうですが、戊辰戦争で焼けてしまい、現在の場所に復元・再建したそうです。『年長者の言うことに背いてはなりませぬ』『卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ』など、7項目からなる“什の掟”が著名なようです。当時の6歳から9歳の子供に教えた掟です。他に『弱い者をいじめてはなりませぬ』『虚言を言ふことはなりませぬ』など、そのまま今の子供たちにも守ってもらいたい内容です。それにしても、江戸時代の日本人は子供たちの教育に本当にチカラを入れていたのですね。

日進館

帰りは東北道をあえて上らず、常磐道まで出てから戻ってきました。楽しい会津の旅でした。