利根川の東遷

昨日は千葉県と茨城県と埼玉県の県境のあたりに行ってきました。何をしに行ったかというと、利根川と江戸川が分岐するところを見たかったからです。関宿城博物館(http://www2.chiba-muse.or.jp/)がとりあえずの目的地です。

関宿城

利根川という大きな川が関東地方を流れています。現在は千葉県の銚子で太平洋へと流れ出しています。この利根川は、江戸時代まで東京湾に流れ込んでいたのをご存じですか? 当然、江戸の町は水害に見まわれることが多かったわけです。そんな利根川の流れをつけかえて東に流れるようにする、という壮大な事業を徳川家康がはじめたのです。1594年にはじめられたこの大事業は明治時代まで続いていきます。今回訪れた「関宿」という場所は、そうした事業の要の場所でした。

もうひとつ、今回の訪問の目的がありました。江戸時代の物流は舟がその中心を担っていました。東北地方から運ばれた年貢米などは、房総半島をぐるっとまわって江戸湾(東京湾)を通ったのではなく、銚子のあたりから利根川に入り、関宿まで舟で運ばれ、そのまま江戸川を下り、江戸を縦横に走る運河によって日本橋まで届けられたのです。明治に入ってからも高瀬舟が蒸気船に変わりはしたものの船便は流通の中心でした。日本橋と銚子の間は18時間ぐらいで結ばれていたようです。

江戸の水運

わたし自身は江戸時代の水運や利根川の東遷にものすごく興味がある、というわけではありません。何となく気になっていたことの一つです。たまたまそうしたことにつき合ってくれる友達もいるので、昨日のようにその場所を見に行こうか、ということになります。

でも、こうしていろんなことに興味や関心を持つことはとても大切だと思うのです。miyajukuの生徒たちにもそうした姿勢を持って欲しいです。世の中のいろんな事象に興味を持ち、「どうして?」「なぜ?」という関心をいろんなことに向けて欲しいです。