中山道 2

今回、木曽路を歩いてみていろいろなことを知った。

たとえば、

木曽福島の関所跡。礎石だけしか残ってはいないが、そこに立ってみると「なぜここに関所があったのか」が良くわかる。一方は川に面した崖。他方は山に面した崖。その隘路に関所は建っていた。

妻籠宿の博物館にて、小牧・長久手の戦の際、家康が秀吉の背後をつこうと3,000の兵を木曽路沿いに北上させた。秀吉側の将であった山村良勝はこの城にこもって徳川軍を撃退した。

木曽の本当に小さな村から、満州国の開拓のために190人の村人たちが徴用され、終戦時のソ連軍の参戦と混乱の中、半数の村人が死んでしまった。そのほとんどは、女性と未成年だった。

海沿いの歩きづらい、川の河口の氾濫原を歩くよりも、木曽路をたどって信州に出て上州に抜ける道の便利さと、京都を日本の中心と考えると、信州が関東よりもずっと先進的な場所であったとあらためて知らされた。

それと、島崎藤村の小説の舞台をいろいろと見て、もう一度、「夜明け前」や「破戒」を読み直そうと思った。

現地に行くとその空気を含めていろいろなことを知ることが出来る。まあ、私の興味が、人間とか、民俗学的なこととか、そんなことに限定されるけれども。

写真/妻籠宿脇本陣にて。格子を通ってくる朝日がきれいでした。