ヒステリックな反応

今朝は「理科実験教室」と「高1・2年生のセンター模試」からスタート。午後からは中3生の授業。さすがに疲れている。目の痙攣が止まらない。とにかく今週が山場。頑張るしかないパンチ

オリンピックが開幕したようだ。そんな中、あるスノボの選手の服装と態度が問題になっている。このことの是非を論じるつもりはないし、そうしたブログではない。が、とても気になることがある。こうしたニュースへのヒステリックな反応だ。今回も、この選手が所属する東海大学にも抗議の電話が殺到したという。

スポーツ選手はかくあるべきだ、と考える方がいてもかまわない。でも、そうした考えがすべてではないことを忘れて欲しくない。オリンピックに参加している選手だって、それぞれの思いの中で競技に対しているはずだ。楽しもうと思っているモノもいるだろうし、あの中3のスケート選手のように無我夢中の女の子もいるだろう。

スノボやサーフィンという競技には独特の文化があるようだ。反骨精神が旺盛な、気骨のあるモノがやっているというイメージがある。この選手も、そうした“強がり”を周囲に示したかっただけのごとじゃないのかな。確かに、もうちょっと大人になって場を考えようよ、という部分はあるけれども。

どちらかというと、そばにいるコーチなどの大人の側が、前もって彼にちょっとした指導をしておけば良かったのだ。そちらの責任の方が大きいんじゃないかな? 鼻ピアスをして、パーマをしてオリンピックに参加するなんてけしからん、なんて議論をしてもしかたがないことだ。それはあなたの価値観。ひとそれぞれ。

様々な価値観が交錯しているのが今の時代だ。そんな中、最も大切なことは、お互いの価値観を出来るだけ認め合うことだと思う。一方的な価値観の押しつけのような反応こそ、最も避けたいことだと私は思う。にもかかわらず、マスコミも「あおる」ことだけに注力している姿勢がかいま見えて哀しい。所詮は「売れること」がすべてだと思われてもしかたがない。

このことにかぎらず、最初に結論があるような世論調査や、一方の意見だけをまくし立てる報道など、マスコミの姿勢にも最近「???」が多すぎる。こうしたなかでは、つねに「批判精神」をもって物事をとらえること。自分の中にある種の感情が起こったとき、ちょっと立ち止まって、もう一方の立場になって考えてみること。そんな姿勢がとても大切だと思う。

子供たちにはそうした大人に育って欲しい。