仙台にいってきました。

昨日の朝の新幹線で、神奈川、埼玉、東京の私塾協同組合の先生方と、塾の全国組織である社団法人全国学習塾協会の先生方とごいっしょに宮城県の仙台市を訪問してきました。何のお手伝いも出来ませんが、現地の状況を少しでも知り、地元に持ち帰って多くの方にお知らせする、そんな役目を担っての訪問だと自分では思っています。現地の先生方にはお休みの中、車を出していただき、お昼も夜の懇親会もおつき合いいただき、本当にお世話になりました。心よりお礼を申し上げたいと思います。

さて、昨日は、仙台市近郊の閖上(ゆりあげ)地区を見てきました。先日、「地球のステージ」で映像を見ていた場所です。やはり、自分の目で見ると映像とは全く違った感情がわき上がってきます。

閖上01

津波でひしゃげたバスがぽつんと置いてあります。このバスには、乗客が乗っていたのだろうか。その人たちは無事だったのだろうか。そんなことを思うだけで涙が出てきます。私に出来ることは、手を合わせて祈ることだけでした。

閖上02

津波の圧力のすごさは、この電柱の様子でわかります。倒されるだけでなく、そのまま水の勢いで引きずられ、中の鉄骨が伸びているのです。こんなすごい波がこの地域をおそったわけです。今は、ほとんどが更地になっていて、がれきがいくつかの場所に山のように積まれています。元の町の姿は知りません。でも、人々の賑わいがあったはずです。それが跡形もなくなってしまっています。

閖上03

所々に残っている建物も、中を波がさらっていったのでしょう。建物を支えるもの以外は、すべて流されてしまっていました。鉄筋作りのアパートも、概観が残されているだけです。町の中にちょっとした小高い丘があり、そこには神社があったようです。もちろん、その神社の社も流されて何も残っていません。その丘に登って町を見渡しました。言葉はありません。とにかく手を合わせるだけです。

仙台の中心地域こそこちらと何も変わりませんが、ちょっと車を走らせると、流されてきたプレジャーボートや漁船が、道の両側にぽつんと置き去りにされているのが散見されます。家も形は残っていても住んでいる人もいません。これからだと思います。現地の復興はまだまだこれからです。末永い支援を必要とすると思います。

宮城の塾の先生がたともいろいろとお話しをしてきました。これについては、またの機会にします。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次