いったい誰のための東京オリンピックなのだろうか?

以下は、私の「つぶやき」です。最初にご承知おきください。

2020年のオリンピック開催地が日曜日の朝にも決まるのだという。マスコミの報道も過熱しはじめている。でも、申し訳ないのだが、私の中ではしっくりといかない。いったい誰のための東京オリンピックなのだろうか、という疑問が頭の中をリフレインしている。

高3生たちと、オリンピックが東京に決まったら景気も良くなって、3年後の君たちの就活も多少は上向くかもね、といった話はする。それと同じように、何だか漏れ聞こえてくるのは「オリンピックで景気浮揚」といった話ばかりのような気がする。景気浮揚は大切なことだ。でも、そればかりというのは・・・

異常気象だという。今朝も明け方に落雷の音がすごくて目を覚ました。大雨の所為もあって電車も遅れ気味だ。今年は猛暑の夏だった。それでも、なぜか、昨年までのように「節電」の声は聞こえてこなかった。あと何%で電力不足、なんてグラフもどっかにいってしまった。

何かおかしい。何かを一所懸命に隠そうとしているかのようだ。原発が停まっている。その分、化石燃料をどんどん使っている。ちょっと前までなら「Stop 地球温暖化」といった言葉をあちこちで聞いたのに、最近は全く聞かなくなった。異常気象の話も、地球温暖化と結びつけての報道はほとんどない。

汚染水漏れもふくめて、被災地の現状を私たちはどう考えるべきなのだろうか。今は、ひとりひとりがじっくりと震災と向き合うときなのだと思う。と同時に、これからの自分の生き方、日本の進むべき道をしっかりと考えるべき時なのだと思う。オリンピックの前にやるべきことはたくさんあるのではないだろうか。

それなのに、私たちは思考停止してしまっている。

祭りはすべてを呑み込んでしまう。そうしたことが必要な時もある。きっと1964年の東京オリンピックはそんな雰囲気だったのだと想像する。戦後の混乱を何とか撮り越えて、いろんなことをひっくるめてオリンピックという祭りが呑み込んでいったのだろう。

今回も、原発も被災地も、3.11をすべてひっくるめてオリンピックという祭りで呑み込んでしまおうというのだろうか。総括もせずに。それはゼッタイにおかしい! そんなことでは、あの3.11とその後も続く原発事故、今も苦しむ被災地の人たち・・ みんなが前を向けずに終わってしまう。なんの解決もない。

少なくとも、誰のためのオリンピックなのかをしっかりと示すべきだと私は思う。

今週のAERAの内田樹氏の記事も読んでみてください。 → リンク先 内田樹の研究所