「風立ちぬ」の感想

夏の講習3ターム目の開始です。木曜日までで全日程が終了します。あとひと頑張り。生徒たちの様子を見ていても、チカラがついてきているのが良くわかります。そのチカラをどう継続させていけるか。それはひとりひとりの意識の問題になります。今週はそのことをこどもたちに説き続けていきます。

風立ちぬ

さて、昨日見た「風立ちぬ」の感想です。ネタバレの部分もありますから、真っ白な気持ちで映画を観たい方は読まないでください。

堀辰雄の「風立ちぬ」を私は中3の頃に400字詰めの原稿用紙に写していたことがありました。Paul Valéryの詩も、同じ頃に図書館で借りて読みふけった思い出があります。今から考えると赤面してしまう思い出です。そんな「青い思い」を宮崎駿監督は思いっきり映画にしていました。もう本当にやりたいようにやりきった、という感じです。70を越えた老人がこれを作ったか、と思うと思わず笑みが浮かびます。

堀辰雄の作品の中に出てくる「風立ちぬ いざ生きめやも」という言葉。Paul Valéryの詩を堀辰雄が訳したものです。「ぬ」は完了の意。「風がたった」。「いざ」は「さぁ」という意で「め」に係っていく。「め」は「未来推量と意志の助動詞『む』の已然形。「やも」は反語の意。そのまま訳すと「生きようか。いや生きることはできない」といった意味になってしまう。しかし、「さぁ」が係ってくるので「生きていこうじゃないか」という意味ももってくる。

長々と文法的な解釈を書いたのは、きっとこうした微妙な感覚を宮崎監督は映画で表現したかったのではないか、と思ったからです。ある意味では「何が言いたいかはっきりしない映画」という評もあるかもしれません。でも、「はっきりと出来ない何か」を映像化しようと試みたのではないかと思うのです。

映画の中ではいたるところに「矛盾」という表現が出てきます。仕事の忙しさの中でも菜穂子との残された時間を大切にしたい主人公。美しい飛行機を作りたいがそれが戦争の道具になっていくということ・・・ 様々な矛盾の中でストーリーが進んでいきます。

そんなすべてが「いざ生きめやも」という言葉に託されているようでした。私はそれこそが宮崎監督が言いたかったことなのではないかと思います。そして「生きねば」と強いメッセージが届きます。

絵は本当にきれいでした。アニメーションなのに風を感じることができます。菜穂子も本当にきれいでした。久しぶりにもう一度劇場で観たいと思った映画でした。ただ、小さい子には理解が難しいと思います。と同時に、見終わった直後よりも、時間が経ってからいろいろな「思い」を引き起こす映画です。