先生が立ち去る職場

いつものように受験学年が中心の授業の土曜日です。さらに英語技能検定試験があり、授業と授業のすき間に中3生の三者面談も入っています。忙しいですが、そんな土曜日も今日が最後です。来週は私立中学入試も私立大学入試もはじまっていて、中3生だけの授業が残ります。

さて、「教職員の早期退職」をめぐるニュースに賛否が分かれている。というよりも、文科大臣をはじめとしてテレビニュースのコメンテーターたちは、一斉に「責任ある立場なのにけしからん」「生徒がかわいそう」「無責任だ」という意見をおっしゃっている。またまた、悪者をつくってやり玉にあげる「今時の風潮」だ。

そもそも何でこうなったか。元をたどっていくと、政治がそう決定したからだ。政治が地方公務員の退職金削減を決定し、それを受けて地方自治体の長や地方議会が追認し、国→地方公共団体という組織が実行したわけだ。先生たちもある意味では被害者だ。きっと誰だって3月末まで勤めたかったはずだ。それを「制度」が邪魔をしたかっこうなのだろう。

もちろん、心情的には私も3月末までやってもらいたいなぁ、と思う。でも、そうしなかったからといって、それを批判する資格は私たちにはないはずだ。あくまでも個人の問題だ。プロとして働いていれば、こんな理不尽な「制度」の決定に、別の意味で反旗を翻したくなる気持ちもよくわかる。先生たちだって生徒はかわいいに決まっている。ある意味では、生徒への愛情よりも理不尽な「制度」に耐えられない気持ちの方が大きかったということだと推察する。

先生たちには積もり積もったモノがあるはずだ。それほど先生方の周りには「理不尽な風」が吹き荒れているように思う。今回のことに限らず、定年を待たずにさっさと教職の現場を去りたいと思っている方も多いのではないだろうか。さらに、こんな風潮のままだと、優秀な若者たちが教員にならないと思うのだ。

人が立ち去っていく、ということは、何かがそこで起こっていると考えるべきだ。その何かを掘り下げるべきマスコミが、生徒がかわいそう、というコメントしか出来ないというのも今の日本のカナシイ現実だ。どうしたら先生方のモチベーションをあげられるのか、それを政治はしっかりと考えて欲しい。